好き≠恋(日文版)-第5部分

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　そう思った途端に、この場から逃げ出したくなった。家ではなく、どこか別の場所で一人きりになりたい。階段の手すりを握り締めていると、階段の入り口から歩が顔を出した。
「あ、居た。もう、時間だよ」
　先ほどとは摺�い、いつも通りに話しかけられ、健人は反応できなかった。時間に正確な健人が部屋から降りてこないから、歩が様子を見に来たのだ。家の構造上、リビングを通らないと2階へ上がれないせいで、扉の隙間から不安げに見つめる母と義父の姿が目に入った。
「ほら、いこ。開演の時間になっちゃうって」
　立ち止まっている健人の腕を、歩が引っ張った。前のめりになり、健人は声を漏らす。楽しそうな雰囲気から一変して、健人が現れた瞬間に二人はぎこちない笑顔を見せる。そのことにも若干のイラつきを感じて、健人は唇をかみ締めた。
「じゃぁ、行って来るね」
　歩が声をかけると、二人はハッとして歩に視線を向ける。
「あ……、あぁ、行ってらっしゃい」
「健人、歩君と仲良く行くのよ」
　仲良く行くのよと言った母に、健人ではなく歩が「だいじょ�‘ぶだって。俺達、仲良しだもん」と答え、健人の腕を引っ張った。それをしただけでも、二人の顔が尽�んでいくのが見えて、健人の苛立ちはもっと増してしまった。
「は、離せよ！」
　掴まれた腕を振り払って、健人は玄関に向かった。ぎこちなくさせている原因は自分だと、健人も気づいていた。もう少し頑張って仲の良いフリをしたり、義父に対して素直になれば、母の見方だって変わるのは分かっている。けれども、無理やり迹�得した再婚の事実を、頭の隅では認められずに居る。それが引っかかって、素直になれないのだった。
「健人、ちょっと待ってってば」
　先に歩き始めた健人の後を、歩は小走りで追う。見るからに機嫌の悪い健人を後ろから眺めて、待てと言ったにも関わらず止まらない健人の手を取った。手が触れると、ピクと健人の肩が震えた。
「待ってって」
　振り向いた健人は、眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしている。
「……早く行かないと間に合わないだろ」
　3人の会話を立ち聞きしてしまったせいで、30分に出る予定が35分になってしまった。だからと言うわけではないが、少しでも早く家から離れたい気持ちが強く、それが健人の動きを早くさせていた。
　健人がそんな風に考えているとは知らない歩は、5分遅れたぐらいでは問睿�ないと言うのに、急ごうとしているのだと思い笑ってしまった。
「そんなに俺と撸Г婴诵肖�の楽しみだった？」
「はぁ？」
　意味の分からない伲鼏枻颏筏皮�た歩に、健人は怪訝な顔をした。大嫌いでたまらない歩と撸Г婴诵肖�のを、楽しみになどしているわけがない。手を振り払うことすら忘れて、健人は歩を見上げた。
「今日の予定だけど。映画見た後に、昼飯食べて、そっからショッピングモ�‘ルの中をぶらぶらして、ゲ�‘センに行こう」
「……え」
　てっきり、映画を観たらすぐに帰れると思っていた健人は、驚きのあまり否定することすら出来なかった。ただ、ぽかんと口を開けた状態で楽しそうに喋る歩を見上げていた。
「でさ、なんか買い食いして、夕方まで時間つぶしてから家に帰ろうよ。せっかくの休みなんだし。17歳は今しかないんだから、健人も楽しまなきゃ」
　楽しそうに喋る歩を見て、健人は何も言えなかった。バカバカしいと言うより、どこか不思議な感覚に陥る。毎回のことだが、いつもひどい態度をとっているのに、どうして歩は笑いながら話し掛けてくることができるんだろうか。不思議でたまらなかった。
「ほら、早く行こう。さすがに時間がヤバイ」
　歩は手を離して、立ち止まっている健人の背中を叩いた。健人は腕時計で時刻を確認し、開演15分前を指しているのを見て、少し歩くスピ�‘ドを速めたのだった。
　すでに歩はチケットを買っていたので、映画館に着くなり、健人にチケットを渡した。観る映画はCMも頻繁にやっているホラ�‘の洋画で、壁に貼り付けてあるポスタ�‘を見つめて健人は息を吐いた。
　特に怖いのが苦手と言うわけではない。ただ、映画館のあの暗さが少し苦手だった。そんなことを言ってしまえば、映画館で映画など見れないわけだが、今まで貧乏だったこともあって映画館で映画を観る機会なんてそうそう無かった。だから、映画館の暗さに耐性が無く、未だに慣れない。
「健人、何飲む？」
　これから観る映画のポスタ�‘を見つめ、入場までの時間を潰していると背後から話しかけられた。映画館の中で販売されているジュ�‘スを飲むなんてしたことが無い健人は、歩が何のことを言っているのか分からず首を傾げた。
「映画観てたら喉乾くじゃん。俺が奢ってあげるからさ」
　売店を指差され、ようやく、映画を観るとき用の飲み物を買う話だと気づいた。目を細めてメニュ�‘表を見つめるが、あまり視力が良くないため、メニュ�‘が見えない。
「何があんの？」
「コ�‘ラとオレンジジュ�‘ス、メロンソ�‘ダ、アイスティ、コ�‘ヒ�‘、ウ�‘ロン茶、カルピスとかかな」
「……じゃぁ、メロンソ�‘ダ」
　意外と子供っぽい飲み物を言った健人に、歩は目を見張った。健人のことだから、アイスティとかアイスコ�‘ヒ�‘を頼むのかと思えば、一番飲まないと思ったメロンソ�‘ダと答えた。それがあんまりにも似合わないので、噴出してしまった。
「な、何笑ってんだよ」
　メロンソ�‘ダと答えたらいきなり噴出した歩に、健人はムッとする。しかし、そのムッとした中にも恥ずかしさが入り混じって、あまり強く言うことが出来ない。
「……いや、メロンソ�‘ダとか飲むんだなぁって思って。家じゃ、コ�‘ヒ�‘とかお茶しか飲んでないし、学校でもジュ�‘スなんか飲まないじゃん。だから、健人ってジュ�‘ス飲まない人かと思った」
「うるさい。早く買いに行けよ！」
「……はいはい」
　照れて怒鳴った健人に、歩は笑いながら売店へと向かった。あまり表情の無い健人の意外な一面を見ることが出来た。照れたりなんかすることなんて無いと思っていたのに、ふと、健人を見ると入り口の隣で俯いていた。
「たまには人間らしい表情するんだなぁ」
　怒っている表情か、愛想笑いしている顔しか見たことが無かったから、とても新鮮だった。
　歩がポップコ�‘ンと飲み物を買っている最中に、スクリ�‘ンの入場を始めた。急に混雑し始めた入り口で、健人は入場する人の邪魔にならないよう端っこで歩が来るのを待っていた。頻繁にCMをやっているせいか、観に来た人は多く、入口は列になっていた。
「凄い人だね。こんなにいっぱい来るとは思わなかった」
　急に声が聞こえて、健人は顔を上げる。両手にジュ�‘スを持ち、右腕でポップコ�‘ンを挟んでいる状態の歩はかなり歩き辛そうで、健人は「ジュ�‘スもらう」と言って右手を差し出した。
「はい」
　歩の左手からジュ�‘スを受け取り、健人は俯きながら「ありがとう」と小さい声で礼を言う。こんなことを言わなければいけないなら、最初から買ってもらうんじゃなかったと後悔していると、上から「どういたしまして」と明るい声が聞こえた。
「中、入ろうか。もう始まるし」
「……そうだな」
　健人は頷くと、ぞろぞろと人が入っていく薄暗い館内を見つめた。暗いところは、あまり得意ではない。ホラ�‘が苦手と言うわけではないが、いきなり大きい音が鳴ったりするのはあまり好かず、急に心拍数が上がってしまう。頭の中に蘇る記憶が、余計に健人の気持ちを怖くさせた。
　まだ薄明るい館内はざわざわと人の話し声がする。椅子に座ってから、健人はドリンクホルダ�‘にジュ�‘スを置くとポケットの中に入れている携帯電話を取り出して電源を切った。真っ暗になったのを確認してから、ポケットに携帯を仕舞い、スクリ�‘ンを見つめた。フッと、照明が落とされて映画の予告が始まる。
　真っ暗な中、映し出されたスクリ�‘ンには人の姿が見える。ドンと大きい音がして、健人は拳を握った。アクション映画の予告なので怖い要素など全くないと言うのに、音と暗さが健人に恐怖を植え付ける。
　ひと際、館内が暗くなったところで、映画が始まった。ホラ�‘ミステリ�‘と銘打ったこの映画は、殺人鬼が家を襲って行く。グロテスクな表現もあり、年齢制限が設けられていた。最初は静かだと言うのに、殺人鬼が現れるとそれに応じて音量も徐々に大きくなっていった。
　どれほど、残酷な表現があろうとも、健人の表情が変わることは無い。それなのに、大きい音がしたり、雷が鳴ったりするシ�‘ンではビクッと体を震わせてしまう。それが目の端に映った歩は、ポップコ�‘ンを食べながら、少しだけ健人を見た。
　真剣にスクリ�‘ンを見つめている表情は、学校で授業を受けているときと同じ表情だ。震えたのは気のせいかと思い、スクリ�‘ンに目を写すと、殺人鬼が包丁で人を襲っているところだった。こんなところを授業と同じ表情で見れる健人は、怖がりではないことが分かる。映画がクライマックスになり、夜中に殺人鬼が家の中を徘徊するシ�‘ンでのことだった。
　外では雨が降っていて、屋根に雨粒が当たる音が響いている。時折、雷鳴が鳴って、稲妻が光り、殺人鬼の姿が映し出された時だった。
「……っ！」
　隣から漏れるような悲鳴が聞こえて、歩は健人に目を向けた。しかめっ面で画面を見つめて、泣きそうな顔をしていた。膝の上に置かれた手を見てみると、カタカタと震えている。人をめった刺しにしているシ�‘ンを無表情で見ていた健人が、雷に照らされた殺人鬼を見るだけで怯えるなんて可笑しい。
　もう一度、雷鳴が館内に鳴り響く。健人に目を向けていた歩は、スクリ�‘ンで何が映っているのか分からないが、健人が大きく震えたのが分かった。
　無意識だった。
　カタカタと震えている健人の手を右手で包み込む。
　歩が手を握ると、さっきまで大きく震えていた手の動きが、ぴたりと止んだ。
手を包み込む暖かい体温に、驚きよりも安堵感を感じてしまった。落ち着かせるように強く握った手は、数分ほど経つとパッと離れた。健人は先ほどまで握られていた手を、自分の手で握って感触を確かめる。大きくて暖かい手は、恐怖で震えていた健人を一瞬にして落ち着かせた。不覚にも、助けられた気がして、健人は俯いた。
　それから映画は10分ほどで終わってしまった。逃げ切った主人公は、警察官に助けられて一命を取り留めると言う何ともありきたりな展開だった。エンディングロ�‘ルが流れ始めても歩が動かないので、健人は英語で書かれている文字を見つめていた。少しは読む勉強になるかと、英語を見つめているが、流れるのが早く読み取ることが出来なかった。
　最後に監督の名前が流れ、映画館に明かりが付いた。どこか、さっきのことは話しかけ辛く、健人は歩を見た。その時丁度、歩も健人を見て仄かに笑った。
「おなか、空いた？」
「……は？」
　手を握っていたことに一切触れない歩は、残っているジュ�‘スを飲みほして立ち上がった。バカにされるか、怖かったのかとからかわれるのかと思っていた健人は、唖然としたまま立ち上がることが出来なかった。
「俺、朝ごはん食べてないから腹減ってんだよね。健人、何か食べたいのある？」
　あくまでも、映画の最中に震えていたことは話睿�にするつもりがないようだ。それにちょっとだけ安心してしまい、健人は飲みほしたカップをホルダ�‘から抜き�